【瑠璃の秋田暮らし】わたしのフルーツデイズ  2026年冬 ~琥珀色のタルトタタン~

【瑠璃の秋田暮らし】わたしのフルーツデイズ  2026年冬 ~琥珀色のタルトタタン~

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家族と離れ埼玉県春日部市から秋田へ移住してきたわたし、払田瑠璃(31歳)がはじめての秋田暮らしの様子をお届けします。
義理の妹、てむちゃんこと払田稲子が活躍する東武沿線小説「てむちゃんon the way 」のスピンオフ企画です。
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  先週からの寒波の影響で、今日も日本海側は大雪の模様とラジオから聞こえてくる。
  外気との気温差で磨りガラスのように曇った窓を開けようとするも、サッシ部分が氷のように冷え切っている。これは湯冷めするはず、と諦め、指先でキュキュッとガラスを拭った。案の定、指先が濡れてしまったのでパジャマの端で拭き、微かに見える外を眺めた。明るい。
  ついさっきまで、綿菓子のように軽やかに跳ねていた雪が、いつしかその密度を増してみっしりと地面を白に固めている。
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   ベッドに寝転び、天井を見上げた。

「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」

  不意に口をついて出てきたこれ、なんだっけ。そうだ、三好達治の『雪』だ。
  小学生のとき、国語の授業で覚えたわずか二行の詩が、20年以上の時を経て私の口元にフッと現れてきた。我ながら、子ども時代の記憶の刷り込みの強さに慄く。それなのに、このベッドで30年以上前に寝ていたであろう母についての記憶はない。

  昨秋、埼玉県春日部市から秋田市に移り住んだ私こと払田(はらいだ)瑠璃は、ネットでのスイーツ店開業を目指している。

   秋田は、幼い頃に亡くなった母の故郷だ。毎年お盆にはここに来て1週間ほど過ごして母を偲ぶ。といっても母のことは写真でしか知らないので、祖父母とともに秋田らしい生活に馴染むだけだ。私は年に一度の帰省がとても好きだった。
  なんといっても、こちらの産地直売所では首都圏と同じ価格で倍近い分量の果物や野菜が手に入る。傷物も売っていることが多いが新鮮だ。それをお土産にし、春日部の自宅でケーキやジャムをこしらえて家族と楽しんだ。

   地元の公共施設で働いていた私が思い切って移住をしたきっかけは、義理の妹である払田稲子こと、てむちゃんの存在が大きい。20代後半でやっと地域アイドルになれたと思ったらコロナ禍で活動は自粛。そのまま年齢制限の30歳を迎えて卒業し、しばらくは燃え尽きていたように見えた。けれども今は、何かを一つひとつ確認しながら前に進もうとしている。
  そんな彼女のそばにいるといつまでも足踏みをしている自分を比べてしまいそうで、逃げ出したかった。
  太郎と次郎って、私とてむちゃんみたいなものかな……。私、なんとかやってるよ。

  布団に入ると電気毛布の温かさで指先がジワリとほどけ、意識が遠のいた。ここに来てからというもの、寝付くのが早い。
  雪の夜は、他所から来た私にはまだまだ夢の国。吹雪のあとの、晴れた朝が待ち遠しい。明日は朝から除雪をして、おばあちゃんと買い物に行こう。

「瑠璃~、こっちゃ来てけれ〜」

  朝食終わりに茶碗を洗っていたら、玄関先からおばあちゃんの声が聞こえてきた。

「ほら、これ、なんとするべが?」

ほんのり雪のかかった段ボール箱を開くと、冷気とともに甘酸っぱいりんごの香りが辺りに広がった。色とりどりの大きなりんごは、鮮やかな赤をベースに黄色だったり茶色だったり。

「わー、どうしたの、サンふじじゃない!」

  サンふじとは、秋田県で生産されている代表的なりんごの品種だ。割ってみると白い果肉、芯の周囲に濡れたように蜜が入っている。袋をかけず、直接太陽光にあてて育てるため、糖度が高いからだ。

「ほら、鹿角の親戚のりんご、いだんだどごあって売れねがらって。毎年くれるんだども、配りきれねぐて」
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  滑らかなツヤと、適度なハリ。もぎたてのフレッシュさが果実の手触りから伝わってくる。瑞々しい赤い皮にところどころ小さな黒い穴がある。

「ほんのちょっとでも、ダメなんだね」
「んだのよ。傷んだどこからすぐに悪ぐなるべ。そうすれば周りのりんごも足がはえぐなって悪ぐなってしまうがらよ」
 
  1つの腐ったリンゴが樽のほかのリンゴまで腐らせるというアメリカのことわざがあったっけ。傷ものを排除すれば長持ちするりんごばかりになるから樽そのものを売りやすい。とはいえ、他のリンゴが腐っていくのは傷リンゴのせいだけではないはずだ。樽を管理している環境にだって問題がある場合もある。
  どちらかといえば傷んで売れないものの方を選んでしまう私は、そんな穿った見方をしてしまう。

「おばあちゃんは、これまでどう使ってたの?」
「サラダさ入れだり寒天さ入れだりするぐらいだべかな。昨年だば甘ぐなるって聞いでしゃ、雪さ埋めだりしたどもずっぱり忘れでしまっだのよ」

  りんごを甘くするために雪に埋めたはいいけど、一晩中雪が降ってどこに埋めたかわからなくなったというおばあちゃん。私がときどきやらかすおっちょこちょいはおばあちゃんの血を受け継いでいるのかもしれない。
  ともあれ、傷ついたサンふじ30個を目の前に胸が躍った。よしよし、あなたたちが売り物の美しいりんご以上に誰かに愛されるりんごになれるよう、私、頑張るね。

  りんごは100℃以上で調理すると、食物繊維のペクチンが増える。雪国では冬の生野菜不足にありがたい成分だ。ここは、りんごを加熱して食べられるようにしよう。
  コンポート、焼きりんご、アップルパイ。オーソドックスなりんごのスイーツを挙げるとキリがない。ふと、この甘さをほろ苦いカラメルで包んだタルトタタンはどうかと思いついた。りんごを砂糖とバターで作ったカラメルに絡め、パイシートをのせてオーブンで焼くフランスのお菓子。

  タルトを作ろうとした失敗作からできたというその料理は、焼き上がって冷めたらひっくり返す。そう、パイシートを入れる順番を間違えたことで生まれたものだ。なんたってりんご、砂糖、バター、パイシートとシンプルな材料で作ることができる。至極簡単にできてしまうものだけど、いまを生きる忙しい人たちは、なかなか手はかけられないものだ。
  春から売り出すスイーツやジャムの試作は、まずはこのりんごから。30個も使えるチャンスなんてそうそうない。早速取りかかろうと腕まくりをしたら、おばあちゃんから一言。

「甘いのもいいばって、おどさん(おじいさん)の血糖値上がればやづがねんて料理さも使ってけれな〜」

はいはい、素材提供者のご所望の通りに。

  大きな鍋の中でカラメルで絡めながらりんごの水分を飛ばす。あっという間にりんごは小さくなり、台所いっぱいに濃厚な甘い香りが広がった。
  次はおじいちゃんのためのりんご料理の番。これは、豚肉とソテーしたらどうだろう?
フライパンの上で、豚ロース肉とりんごのスライスをソテーしてみた。ちょっとおしゃれな感じ。

「おばあちゃん、これだったらどう?」
「おい、でぇご(大根)かカブみてんだな」

といいながら、おばあちゃんは一口つまむ。
首を捻った。

「ダメ?」
「なんと、これだば洒落だ味っこで。おどさん食べるべか」

おばあちゃんは貸してごらん、といい、余ったりんごをすりおろし器でゴシゴシと擦った。

「玉ねぎ、とってきてけれ」

はい、と野菜置き場に玉ねぎをとりにいく。古くて大きな家は、冬は家全体が冷蔵庫。暖房のかかっていない部屋が野菜や果物の置き場だ。

 おばあちゃんは玉ねぎの皮を剥き、これもまたささっと擦りおろした。

「あ、ドレッシング?」
「まんず、見でれ」

フライパンで豚肉を焼く。焼けたところにりんごと玉ねぎをすりおろしたもの、生姜、醤油、みりん、酒を加えてざっと火をとおす。フライパンの端がぐつぐつと煮えたところに人差し指をちょっと入れて味見し、塩胡椒で整えた。なるほど、りんごと玉ねぎのソースか。
サンふじのもつ力強い甘みと玉ねぎの辛味が、豚肉を柔らかく味わい深く仕上げる。
さすが、主婦歴ン十年のベテラン!

「あんだの母さんも台所さ立づのが好ぎでなー。りんごどご擦ってよく料理さ使ってだなあ」

私の知らないお母さんの顔。
そうか、お母さんも料理が好きだったのか。

「あい、相撲始まるんて、あどお願いするな」

そう言って、おばあちゃんは居間へ戻って行った。
一人残された台所で、私はオーブンの予熱が上がるのを待つ。 
   タルトタタン。失敗から生まれた逆さまのケーキ、きっとおいしくできたはず。明日は、春日部に送るりんごジャムを作ろう。
  窓の外を見る。しんしんと終わりなき雪。  暗くなる前にまた除雪をしなければ。

  晴れ間に、スコップを持って玄関の外に出た。すぐに、長靴のくるぶしまで雪に埋まってしまった。
  先ほどまでの濃厚なカラメルとりんごの甘酸っぱい香りが鼻の奥に残る。オーブンに入れたものは除雪が終わる頃には焼き上がっているだろう。パイシートを乗せて再び焼いたとしても、この寒さではお風呂上がりまでに冷めそうだ。
  白く固められた地面にスコップを思い切り突き刺す。振動で、屋根から粉砂糖のように細やかな雪が降りてきた。
  そうだ、りんごジャムにシナモンを入れてみようか。
  明日こそ、おばあちゃんと買い物に行かなければ。
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(公開:2026年3月)

作 朝比奈 千鶴(あさひな・ちづる)
文筆家、脚本家。2021年日本シナリオ作家協会主催「新人シナリオコンクール」佳作受賞。現在は、小説執筆のほか、脚本家としてテレビや映画の仕事に携わる。
【瑠璃の秋田暮らし】わたしのフルーツデイズ  2026年冬 ~琥珀色のタルトタタン~ | ブランニューアキタ | アキタファン
首都圏を運行する東武線各駅などで配布している東武鉄道の月刊広報誌『マンスリーとーぶ』で2025年1月からスタートした小説。
昨年、31歳になった瑠璃は祖父母の住む秋田への移住を決めた。秋田に来る前の瑠璃ちゃんの様子も、ぜひ読んでみてくださいね!
https://www.tobu.co.jp/monthly/novel/

※瑠璃のおいしい秋田インフォメーション
秋田には季節の恵み、美味しい果物を収穫して食べられる場所がたくさんあります。秋から冬にかけてのりんご狩りのほか、春はいちご狩りが楽しめます。そのほかの季節は、梨や葡萄、ブルーベリーも!
https://akita-fun.jp/spots/60